週刊Coelacanth

小川作文講座 http://ogawasakubun.blog.jp/

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変態

 昔、変態が増えているという番組がTVでやっていた。ちなみに、変態の定義の一つには、ある分野の学者が提示した「生殖行動に結びつかない性行動」というものがあるらしい。例えば、SM、露出、ボーイズラブなどが、代表的なものらしいが、多岐にわたるらしい。

 そもそも、変態とは。
 ある意味で、単純ではない人々。普通や常識的、多数ではない人々。普通ではない視点に気が付いて、それに実感を持つことのできる人々。
 人という枠における、新しい側面の創出の可能性の担保とも言えるであろうか。希少ではあるが、それが、今の世間において、価値を与えられるかどうかは、また違う。
 思考力や思考性、感性が、新しい人々。単純に、頭が良いとはまた違うのであろう。頭が良い人も居るのであろうが、そうではない人も居るのであろう。
 どちらも気が付いているが、そこで止まっている人と、そこから、何かを加えている人の違いか。また、偶然気が付いた人と、自ら探した人も違う。
 ある意味で、今の社会においては、虐げられている人々。ただ、ある種の変態の市民権は、芽生えてきている。だから、本当の変態ではなくなってきているのでは。公言ができる変態は、本当の意味での変態ではないというか。

 定義があるから、変態を規定することができる。その規定の上で、論を構築していく。その規定があるから、論を構築することができる。
 そして、その論は、例えば、変態という一つの概念のほんの一側面にしか過ぎないのであろう。そして、それに一生を費やす者も、いるのである。
 ただ、間違いなくその側面のその観点は、一つの言語化であり、事象化であり、形容が行われたということ。その概念を、我々の世界の我々の意識下へ、具現化し、召喚したということ。

 上述の変態の定義の真逆は、例えば、ビックダディであり、彼は、ド健全ということらしい。それも、定義の上での話。ド健全という定義の上での例に過ぎない。彼も、ある意味で、常識的ではない。つまりは、健全=常識的というわけではないということか。

 アクセントがベースに成りつつあるというだけであろうか。非常識が、常識になってきているだけというか。少数派が、多数派に近づいたということか。
 非常識が動いたというよりも、常識が、変わったという感じか。

 単純に必要性の問題か。必要性が、減っているということ。子孫を残す意味、夫婦や家族を構築する意味、子供を育てる意味、セックスする意味。
 所謂、セックスという存在の形が、変わったということなのでは。担っていた場所、役割、側面、機能が。セックスが、セックスである必要性がなくなった、薄れたというか。セックスという概念が、今のままで居る必要性がなくなったというか。単なるポジションチェンジとも言えるか。

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